大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 平成4年(ネ)284号 判決

控訴人

井上勝

右訴訟代理人弁護士

金田泉

岩田洋明

被控訴人

愛媛県

右代表者知事

伊賀貞雪

被控訴人

御荘町

右代表者町長

山口繁喜

被控訴人

城辺町

右代表者町長

山下武一

右被控訴人三名指定代理人

栗原洋三

外二名

右被控訴人愛媛県指定代理人

岡本靖

外四名

右被控訴人御荘町指定代理人

山下英雄

外一名

右被控訴人城辺町指定代理人

松田一夫

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、各自、金一億七八九四万八六六二円及び、内金九一万二〇一〇円に対する昭和四三年四月三〇日から、内金六五八万八〇〇〇円に対する同四四年四月三〇日から、内金八二一万一〇五二円に対する同四五年四月三〇日から、内金九五四万八九〇〇円に対する同四六年四月三〇日から、内金七七一万五七〇〇円に対する同四七年四月三〇日から、内金一八五八万六三五〇円に対する同四八年四月三〇日から、内金一九五八万四七〇〇円に対する同四九年四月三〇日から、内金一八〇〇万七五〇〇円に対する昭和五〇年四月三〇日から、内金二三三六万一〇〇〇円に対する同五一年四月三〇日から、内金二一四一万四五〇〇円に対する同五二年四月三〇日から、内金二三一二万一五五〇円に対する同五三年四月三〇日から、内金二一八九万七四〇〇円に対する同五四年四月三〇日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  被控訴人ら

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目裏七行目冒頭から同一五枚目裏二行目末尾までを以下のとおり改める。

一  請求原因

1  控訴人によるのり養殖

(一)  訴外御荘町漁業協同組合(以下「御荘漁協」という。)は、御荘湾内において第一種区画漁業のり養殖業の漁業権(愛媛海区宇特区第二九六号)を有している。

(二)  控訴人は、御荘漁協の組合員であり、昭和四〇年九月から同四一年春にかけて試験養殖を行った後、同年から右漁業権区(以下「本件漁場」という。)において、昭和四二年度の漁期(昭和四一年九月一日から同四二年四月三〇日まで。以下、年度と漁期の関係は同じ。)は一〇〇〇枚の、同四三年度は一五〇〇枚の、同四四年度以降は二〇〇〇枚ののり養殖網を設置して、青さのり(以下「青のり」、「ヒトエグサ」又は「のり」ともいう。)の養殖に従事した。

(三)  青さのりの養殖過程は、通常、次のとおりである。

(1) 毎年九月一五日頃から種付け作業が始まる。

種付けは、養殖漁場の一隅に養殖網を重ねて張り、青のりの胞子を付着させ発芽させる作業である。

約一か月で発芽した青のりの幼芽は網全体が青く見える程度に成長する。

(2) 一一月初め頃から本張り作業が始まる。

本張りとは、種付けされた養殖網一枚一枚を養殖する場所に張り直す作業である。

(3) 一二月末から一月初めにかけて、青のりは長さ約一五ないし二〇センチメートルの房状に成長するので、これを摘み取って収穫する。

摘み取りはその後約一か月毎にでき、一漁期に合計四回できる。

(4) 五月初め、養殖網に付着している青のりをすべてはたき落とし、最後の収穫とする。

2  し尿処理施設の設置及びし尿処理排水の放流等

(一)  被控訴人御荘町及び同城辺町は、御荘町城辺町衛生事務組合(以下「事務組合」又は「衛生組合」という。)を結成し、同組合は御荘町大字平城四三八〇番地に「松島清浄苑」の名称で、し尿処理施設を設置した(以下「本件し尿処理場」又は「松島清浄苑」という。)。

(二)  本件し尿処理場は、昭和四一年五月一日に完成し、処理場から約五〇〇メートル離れた所に排水タンクを設置し、同タンクを通してし尿処理排水を地下一〇メートルの箇所まで地中に吸収させる方式(以下「地下浸透方式」という。)により、同年八月末頃からし尿処理場としての操業が開始された。

(三)  しかし、右排水タンクの設置場所が水田の跡地であったため、し尿処理排水の吸収能力に限界があり、遅くとも昭和四二年夏頃には、地中に吸収されなかったし尿処理排水が右排水タンクから溢れ出し、付近の農業用水路を通って本件漁場に流れ込み、本件漁場を汚染し始めた。

(四)  昭和四三年夏頃には、本件し尿処理場から右排水タンクへ処理水を送るパイプがつまる事態が発生したが、事務組合はこれを修理することなく、し尿処理排水を直接本件漁場に排水する方式に変更した。

(五)  昭和四六年五月には、ろ過池を設置し、現在と同じ方式である、し尿処理排水を右ろ過池でろ過した後、農業用水路を通して放流する方式に改められたが、このろ過池はろ過層が薄いため、固形物の除去には役立つが液状の有害物質の除去には何ら役立たないものであり、地下浸透方式に比べ、漁場に隣接した本件し尿処理場のし尿処理排水の放流方式としては不適切なものであった。

3  被害の発生

(一)  昭和四三年度、同四四年度頃から、徐々に養殖網に付着発芽する幼芽の勢いが落ちてきたが、種付けはほぼ正常な状態でできていた。

しかし、本張りしても青のりは軟弱でちぎれやすい状態にしか生育せず、わずかな流れや波浪で青のりの房がちぎれて流失してしまう網がでてきたために、収穫が減少することとなった。

(二)  また、昭和四四年度頃から、本件漁場のうち蓮乗寺川河口寄り部分において汚泥が養殖網に付着する現象が発生し、このように汚泥が付着した養殖網においては青のりの成長が止まり、場合によっては枯死し、収穫がさらに減少することとなった。

(三)  昭和四八年度には、汚泥の養殖網への付着現象が急激に広範囲に発生し、収穫は激減し、同五〇年にはついに収穫はなかった。

(四)  なお、現在では、種付け(僧都川河口部分で行っている。)の段階での幼芽の発芽状態は昭和四二年頃と比較すると悪化しているが、まだ二〇〇〇枚の養殖網につき養殖のための種付けには支障は来していない。

しかし、本張り後の生育は悪く、僧都川河口付近を除いてほとんど収穫につながらない。

僧都川河口付近でも青のりの葉体は一〇センチメートル程度にしか成長しない状況である。

(五)  青さのりは、一漁期につき、養殖網一枚当たり八キログラムの収穫があるのが全国平均とされているところ、本件漁場における、控訴人の昭和四三年度以降の収穫量は、原判決添付別表1の収穫量欄記載のとおりであり、昭和四二年度の養殖網一枚の平均収穫量は7.3キログラムであったものが、同四三年度は6.0キログラムとわずかに減少し、同四四年度は1.9キログラムと激減し、以降は、多少の増減はあるものの、いずれも全国平均を著しく下回る収穫しか得られず、昭和五〇年度に至っては収穫量は零となった。その後、昭和五一年度及び昭和五二年度は休漁したが、控訴人の種々の努力の結果、昭和五三年度及び同五四年度には全国平均収穫量の約二パーセントの収穫が得られている。

4  因果関係

(一)  本件し尿処理場から排出されたし尿処理排水(以下「本件し尿処理排水」ともいう。)が本件漁場へ流入したことにより、①本件し尿処理排水に含まれる蛋白質等の有機物が分解途上で酸素を消費し、本件漁場における溶存酸素の含有量の欠乏が生じ、②本件し尿処理排水に含まれるアンモニア等の窒素化合物の過剰供給による海水の富栄養化が生じ、また、③本件漁場に汚泥が発生してヒトエグサの養殖網に付着するほか、④淡水と海水が混じりにくく、本件し尿処理排水もそのまま帯状に流れる等、本件漁場がヒトエグサの養殖に適さない環境に陥ったものである。

(二)  右の点につき、本件し尿処理排水が請求原因3記載の被害の最大の原因であることは、以下の事実によって一層明白となる。

(1) 昭和二〇年代末から同三〇年代中頃にかけて、本件漁場付近はヒトエグサの好漁場であり、昭和四一年度の漁期においても、ヒトエグサは大量に養殖できた。

(2) 本件漁場における養殖ヒトエグサの収穫減少時期と本件し尿処理排水の本件漁場への流入時期とは重なり合うものである。

前述のとおり、本件し尿処理場の操業開始時期は昭和四一年八月末頃であり、操業開始時の本件し尿処理排水の放流方式は地下浸透方式であった。そして、昭和四二年度の漁期には養殖網一枚当たり7.3キログラムの収穫があった。

ところが、前述のとおり、昭和四三年度の漁期には、収穫量が養殖網一枚当たり6.0キログラムと少し減少し、昭和四四年度の漁期には、収穫量が養殖網一枚当たりわずか1.9キログラムと激減し、以後、その状態又はそれより悪い状態が現在まで続いている。し尿処理排水の地中吸収能力には限界があるから、地下浸透方式が有効に機能したのは、本件し尿処理場の操業開始後短期間であり、遅くとも昭和四二年夏頃には、地中に吸収されなかった本件し尿処理排水が右排水タンクから溢れ出し、付近の農業用水路を通って本件漁場に流れ込み始め、その後も、本件し尿処理排水が、本件漁場に流入し続けた。

このように、請求原因3記載の被害が発生し始めた時期と本件し尿処理排水の本件漁場への流入時期とは重なり合っている。

(3) アンモニア等の窒素化合物は、のりの生育には不可欠な栄養素であるが、過剰な場合はのりの生育に有害となる。窒素化合物の海水への過剰な流入は海水の富栄養化を生ぜしめ、そのような環境で育ったヒトエグサは軟弱化し、風波に弱い体質のものとなる。

本件漁場において養殖されたヒトエグサは、その葉体がドロドロに溶けて流れ去ってしまう状態にあり、これは、海水の富栄養化に起因するものと考えられる。

(4) 本件漁場全体にわたって、ヒトエグサが軟弱化し、収穫可能な長さになるまで養殖網に付着していられないが、蓮乗寺川に面した本件し尿処理排水の放流用水門(以下「蓮乗寺水門」という。)に近い程、その程度はひどい。

本件漁場における養殖ヒトエグサの状況を、昭和五六年度ないし同五八年度の三漁期にわたって調査、研究した結果によれば、蓮乗寺水門前の調査地点及びし尿処理排水の流路上の調査地点に張られた養殖網のヒトエグサが、漁期の初めにおいては他の網のヒトエグサに比べて成長が早いが、収穫に至らない前に「腐死流亡」してしまい、収穫の始まる一月には網上にヒトエグサがほとんど見られない状態になるのに対し、薄乗寺水門から最も遠い御荘湾内の控訴人種付け場の沖の調査地点及び御荘湾の中央部の沖の調査地点に張られた養殖網のヒトエグサは、漁期の初めにおいては成長が遅いが、「腐死流亡」は薄乗寺水門前の調査地点及びし尿処理排水の流路上の調査地点に比べて少なく、最終的には最もよく成長する。

(5) 本件漁場の水質の悪化は、蓮乗寺水門を中心に拡がっている。

(6) し尿処理排水に含まれる有害物質は蓄積される性質のものであり、本件漁場のような海水の入れ替わりが非常に少なく、細長い水域では、かかる有害物質が水域外に出ていくことはほとんどなく、すべて水域内の海底などに蓄積され、こうして汚染された海底が被害発生の原因となる。本件漁場内にはヘドロ化した場所が多数存在し、本件し尿処理排水の流れる流路(みお筋。以下「みお筋」という。)において海底のヘドロ化が進んでいる。

(7) 淡水は海水と混じりにくいという性質を有するため、本件し尿処理排水を含んだ淡水は漁場内の海水と混ざることなく帯状に流れる。かくして蓮乗寺水門付近に溜まっていた本件し尿処理排水が引き潮に乗って沖方向に流れ、その流れに当たった青さのりに強く影響した。因みに、汚水を河川などに放流するときは、できるかぎり速やかに希釈・混合・拡散するよう考えておくべきであるが、本件し尿処理排水については、このような方策は全く採っていなかった。

(8) 青さのりは、一度の本件し尿処理排水との出会によって生物的な悪結果(その最たるものが「腐死流亡」である。)を起こす。短時間であるから、影響も少ないとの考えは、根拠のない当て推量にすぎない。

5  被控訴人らの責任

(一)  被控訴人御荘町及び同城辺町の責任

(1) 被控訴人御荘町及び同城辺町は、本件し尿処理場を所有・管理する事務組合を組織して右処理場を経営し、その費用を負担している。

(2) 事務組合の職員は、し尿処理排水を本件漁場に流入させないか又は水産動植物の生育に有害な物質を除去して無害化したうえでし尿処理排水を排出する義務があるのに、これを怠り、ヒトエグサの養殖に有害な本件し尿処理排水を本件漁場に流入させたものである。

(3) 本件漁場の環境破壊は、本件し尿処理排水が本件漁場に流入したために生じたものであり、公の営造物である本件し尿処理場の設置若しくは管理の瑕疵又は事務組合の職員の過失ある違法な行為によるものである。

(二)  被控訴人愛媛県の責任

被控訴人愛媛県は、本件し尿処理場の建設・使用に当たっては、清掃法(昭和二九年法律第七二号)一三条三項(昭和四六年九月二四日以降は廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和四五年法律第一三七号)八条五項)に基づき、事務組合を監督すべき義務があるのに、これを怠り、また、水産資源保護法(昭和二六年法律第三一三号)四条一項四号によって水産動植物に有害な水質の汚濁を防止する義務があるのに、これも怠り、本件し尿処理排水の御荘湾内への放流を放置したものである。

6  損害の算定

(一)  前述のとおり、控訴人の昭和四三年度以降の収穫量は、原判決添付別表1の収穫量欄記載のとおりであり、青さのりは、一漁期につき、養殖網一枚当たり八キログラムの収穫があるのが全国平均とされている。

右全国平均収穫量より少ない昭和四二年度の本件漁場における養殖網一枚当たり収穫量7.3キログラムを、本件し尿処理排水の本件漁場への流入がなかった場合に本件漁場において得られたであろう養殖網一枚当たり標準の収穫量とみなすと、本件漁場の環境破壊による控訴人ののり養殖における減収量は、同別表の減収量欄記載のとおりとなる。

(二)  各年度の青さのりの取引価格は、同別表の単価欄記載のとおりであり、したがって、控訴人の本件のり養殖による収入の減少額は、同別表の減収金額欄記載のとおりである。

(三)  青さのりの収穫作業は、作業員一人が一日当たり通常一五キログラム程度行うことができるから、減収量に相当する作業人員数(のべ人数)は、原判決添付別表2の減収量相当の作業人員欄記載のとおりであり、各年度の作業員の日給は、同別表の日給欄記載のとおりである。

すると、控訴人が減収によって、支出を免れた人件費は、同別表の減収量相当の人件費欄記載のとおりとなる。

(四)  したがって、控訴人の逸失利益は、同別表の逸失利益欄記載のとおりである。

7  よって、控訴人は、被控訴人らに対し、国家賠償法一条一項、二条一項、三条一項及び民法七一九条一項に基づき、連帯して、右逸失利益相当額、及び、各年度毎の相当額に対する漁期の最終日である当年四月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は認め、同(二)のうち、控訴人が本件漁場内において、青のりの養殖に従事していた事実は認めるが、その開始時期及び青のり養殖網の設置数は知らない。同(三)は認める。

なお、控訴人が御荘漁協の正組合員となったのは、昭和五〇年一月からであり、それ以前は準組合員であった。

2  同2(一)の事実は認め、同(二)の事実は認め(ただし、本件し尿処理場から約四〇〇メートル離れた水田に深さ二メートル、面積三三〇平方メートルの井戸を掘り、同所において本件し尿処理排水を地下に浸透させる方式であり、この放流方式は昭和四一年一二月の本件操業の開始時から実施された。)、同(三)のうち、右排水タンクの設置場所が水田の跡地であったこと及びそのし尿処理排水の吸収能力に限界があることは認め、その余の事実は否認し、同(四)の事実は否認し、同(五)のうち、昭和四五年八月にろ過池を設置し、し尿処理排水を右ろ過池でろ過した後、農業用水路を通して放流する方式に改め、現在に至っていることは認め、その余の事実は否認する。

地下浸透方式は、操業開始以来、昭和四四年秋頃まで順調に実施されていたが、それ以後地下浸透が順調に行われなくなった。そこで、昭和四四年一一月一四日、従来の排水用の配管から分岐し、僧都川堤防に沿い、約七〇メートル下ったところにある沼まで配管を行い、本件し尿処理排水の一部をこの沼に流すこととした。

この沼は、海や周囲の土地とは堤防で隔てられ、周囲に水が流れだすような水路も全く有しない、閉鎖性の沼であった。この沼に流れ込んだ本件し尿処理排水は、一部は蒸発し、一部は地下に浸透した。本件し尿処理排水が直接海に流れ込んで控訴人ののり養殖に影響を与えたことは全くなかった。

3  同3のうち、控訴人が現在種付けを僧都川河口部分で行っているとの事実を認め、その余の事実は知らない。

4  同4(一)は争う。

同(二)(1)のうち、昭和二〇年代末から同三〇年代中頃にかけて、本件漁場付近がヒトエグサの好漁場であったことは否認し、昭和四一年度の漁期にヒトエグサが大量に養殖できたことは知らない。

同(2)は争う。地下浸透方式は、本件操業開始以来、昭和四四年秋頃まで順調に実施されていた。それ以後、地下浸透が順調に行われなくなった際、前記のとおり本件し尿処理排水の一部を約七〇メートル先の沼に流したことはあるが、直接海に放流したものではない。

同(3)のうち、アンモニア等の窒素化合物は、のりの生育には不可欠な栄養素であるが、過剰な場合はのりの生育に有害となることは認め、その余は争う。

同(4)ないし(8)の事実は否認する。

5  同5のうち、(一)(1)の事実は認め、その余の事実は争う。

6  同6の事実はすべて知らない。

2ないし27 〈省略〉

第三  証拠 〈省略〉

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決理由に説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一一八枚目表二行目冒頭から同一四九枚目裏一一行目末尾までを次のとおり改める。

一  控訴人によるのり養殖について

1  請求原因1(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  同1(二)の事実のうち、控訴人が御荘漁協の組合員であること、及び、控訴人が本件漁場において青さのりの養殖に従事していたことは、当事者間に争いがない。

原審における控訴人本人尋問(第一回)の結果及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が本件漁場において青さのりの養殖を始めたのは、昭和四一年度の漁期であること、同年度の養殖は試験的な養殖であり、養殖網を約五〇〇枚設置したこと、昭和四二年度の漁期には養殖網を約一〇〇〇枚(本張りの位置は本判決添付別紙図面一のとおり)、昭和四三年度の漁期には約一五〇〇枚(本張りの位置は本判決添付別紙図面二のとおり)、昭和四四年度の漁期から昭和五〇年度の漁期には約二〇〇〇枚(本張りの位置は本判決添付別紙図面三及び四のとおり)、それぞれ設置したこと、昭和五一年度の漁期及び昭和五二年度の漁期には養殖網の設置を見合わせたが、昭和五三年度の漁期及び昭和五四年度の漁期には再び養殖網を設置したことが認められる。

3  請求原因1(三)の事実は、当事者間に争いがない。

二  し尿処理施設の設置及びし尿処理排水の放流等について

1  し尿処理施設の設置について

請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  し尿処理排水の放流等について

(一)  同2(二)の事実は、本件し尿処理場の竣工、操業開始の日時及び地下浸透方式の詳細を除いては当事者間に争いがない。

事務組合組合長作成部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきであり、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したとみとめられる乙第五〇号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第五一及び第五二号証、原審証人濱本恵及び同佐々木吉二郎の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件し尿処理場は、昭和四〇年二月二二日に着工され、昭和四一年二月二八日に竣工し、その頃から試験操業を開始し、同年一二月二三日頃に本格的に操業を開始したことが認められる。また、原審証人佐々木吉二郎の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件し尿処理場は、当初、本件し尿処理場から約四〇〇メートル離れた水田跡地までパイプを敷設し、そこに面積約五〇〇平方メートルの排水タンクとしての井戸(第一放流池)を掘り、そこからし尿処理排水を地下に浸透させる地下浸透方式(以下、単に「地下浸透方式」という。)をとったこと、さらに面積約二〇平方メートルの第二放流池も設けられたこと、本件し尿処理場において、し尿は清水により二〇倍に希釈されて本件し尿処理排水となること、地下浸透方式は前記本格操業の開始時から実施されたことが認められる。

(二)  請求原因2(三)の事実のうち、排水タンクの設置場所が水田の跡地であったこと及びそのためし尿処理排水の吸収能力に限界があったこと、同2(五)の事実のうち、昭和四五年八月頃にろ過池を設置し、し尿処理排水を右ろ過池でろ過した後、農業用水路を通して放流する方式に改め、現在に至っていること、はいずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実、原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証、第一五号証、原審証人佐々木吉二郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第三九号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四二号証の二、第五九号証、原審証人濱本恵(後記措信しない部分を除く。)及び同佐々木吉二郎の各証言、原審における控訴人本人尋問(第一回)の結果(後記措信しない部分を除く)。並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件し尿処理場は、同処理場が竣工した昭和四一年二月二八日頃から本格操業が開始された同年一二月二三日頃までの間、試験操業を行い、本件し尿処理排水を僧都川河口に放流した。

(2) 本件操業開始以後は、地下浸透方式により、し尿処理排水を排水タンク内に放流し、地下浸透(一部は蒸発)させて処理していたが、排水タンクすなわち第一放流池の設置場所が水田の跡地であり、し尿処理排水の吸収能力に限界があったため、昭和四四年一一月頃には地下浸透方式が順調に機能しなくなり、地中に吸収されなかった本件し尿処理排水が溢れて、付近の農業用水路に流れ出し始めた。

(3) そこで、事務組合は、昭和四四年一一月一四日、本件し尿処理場から第一放流池にし尿処理排水を送るパイプの途中(本件し尿処理場に近接した部分)から、反対の西方向に、本件し尿処理場の西側に存在する沼まで、新たにし尿処理排水を送るパイプを設置し、し尿処理排水の一部(約三分の一)を右沼に放流し、地下浸透(一部は蒸発)させて処理することにした(以下右放流を「違反放流」という。)。

右沼と御荘湾(蓮乗寺川の河口)との間はコンクリートの堤防で仕切られており、右沼は閉鎖性の沼であった。

(4) 違反放流は、昭和四五年七月三日まで続けられ、同日、御荘漁協の事務組合に対する抗議により、本件し尿処理場の操業は停止された。

(5) その後、もと第一放流池のあった場所にし尿を採石を敷きつめた槽で接触酸化させるろ過池を設置し、昭和四五年八月二六日に、し尿処理排水を右ろ過池でろ過した後、蓮乗寺川と平行して走っている農業用水路を通して海岸沿いに細長くのびる沼(潮溜りと呼ばれている。)に放流し、右潮溜りから蓮乗寺水門を通して蓮乗寺川河口に放流する方式(いわゆる礫間接触酸化方式)により本件し尿処理場の操業が再開され、現在に至っている。

(三)  控訴人は、遅くとも昭和四二年夏頃には、地中に吸収されなかった本件し尿処理排水が排水タンクから溢れ出し、付近の農業用水路を通って本件漁場に流れ込み、さらに、昭和四三年夏頃には、本件し尿処理場から右排水タンクへし尿処理排水を送るパイプがつまる事態が発生し、事務組合がし尿処理排水を直接本件漁場に排水する方式に変更したものであると主張するが、右事実はこれを認めるに足りる証拠がない。

なお、違反放流について、原審証人濱本恵は、農業用水に溢れ出した後に直接御荘湾に流すようになった、一旦タンクにとったし尿処理排水を地下を通して流した、最後には海に出る旨証言するが、右証言は、一方で直接御荘湾に流すと言いながら、他方で地下を通して流したという一貫しないものであるとともに、最後には海に出るというのも地下に浸透させたし尿処理排水が最後には海に流入することもあり得るという推測を述べた趣旨とも解される曖昧なものであるうえ、排水経路についての詳細な説明が全くなされておらず、当時の同証人の職業(事務組合の事務局長で実務に携わっていなかった。)をも考え合わせると、右証言をもって、本件し尿処理排水が海へ直接放流されたと認めることはできない。また、控訴人は、原審における本人尋問において、昭和四五年の四月か五月にし尿処理排水の放流用水門の口から茶褐色の水が流れていたのを発見し、御荘漁協の組合長に報告した旨供述するが、御荘漁協が違反放流について事務組合に抗議したのは前記のとおり昭和四五年七月三日と認められるから、仮に、同年の四月か五月に御荘漁協がし尿処理排水が海に放流されていると認識していたとすれば、この問題を同年七月三日まで放置していたとは考えがたく、したがって、これと相容れない控訴人の右供述は採用することができない。

三  被害の発生について

1  請求原因3の事実のうち、控訴人が現在種付けを僧都川河口部分で行っていることは当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第四六号証、原審における控訴人本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したと認められる甲第一六号証、第二〇号証の一、原審証人大野正夫の証言、原審における控訴人本人尋問(第一回)の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  三重県においては、青さのりは養殖網一枚につき平均約八キログラムの収穫が可能とされ、これがおおむね全国平均とされている。

(二)  控訴人が養殖した青さのりは二種類あり、学名はヒトエグサ及びヒロバノヒトエグサであった。控訴人は、昭和四二年度の漁期に、これらの青のりの養殖網を約一〇〇〇枚設置し、七三三七キログラム(養殖網一枚当たり約7.3キログラム)の収穫を得た。

(三)  ところが、昭和四三年度の漁期には養殖網一枚当たり収穫量が減少し、同四四年度の漁期には、青さのりは順調に成長するが、成長しても葉体が軟弱でちぎれやすく収穫につながらない状態になった。湾口側(沖側)より湾奥側(陸側)の方が、ちぎれてなくなるものが多かった。

(四)  控訴人の昭和四三年度の漁期以降の収穫量は、原判決添付別表1の収穫量欄記載のとおりであり、昭和四三年度の漁期は養殖網一枚当たり約6.0キログラムと前年よりわずかに減少し、同四四年度では同一枚当たり約1.9キログラムと激減し、以後多少の増減はあるが、これと同程度の全国平均を著しく下回る収穫しか得られず、同五〇年度にいたっては収穫量は零となった。

四  因果関係について

前記二において認定した本件し尿処理排水の放流と前記三において認定した控訴人ののり養殖に生じた被害(以下「本件不作」という。)との間の因果関係について検討する。

1  本件漁場の青さのりに生じた現象

(一)  昭和四三年度の漁期から同五〇年度の漁期までの間に本件漁場に生じた現象については、前記三2の(三)及び(四)に認定のとおりである。

(二)  成立に争いのない甲第七号証、第四四号証、第四六号証、弁論の全趣旨により昭和五三年四月二二日における本件漁場の写真であると認められる甲第一号証、弁論の全趣旨により昭和五六年度の漁期における本件漁場等の写真であると認められる甲第三六号証、原審証人三浦昭雄の証言、原審における控訴人本人尋問の結果及び原審における鑑定の結果によれば次の事実が認められる。

(1) 昭和五〇年四月頃、海水の汚染が著しく、浮泥並びに珪藻類及び雑菌類が養殖網に付着し、青さのりの葉体が萎縮して成長しなかったものがみられた。

(2) 昭和五三年四月二二日には、蓮乗寺川河口付近に設置した養殖網においては、ほとんどの青さのりが網糸に付着しないで流れ落ちており、僧都川河口付近及び本件漁場中央付近に設置した養殖網においてもかなりの青さのりが流れ落ちていた。

(3) 昭和五五年一二月二二日に本件漁場において採取した青さのりは、細胞が変形・変色しており、根部及び網糸への着生部にはらん藻が付着していた。また昭和五六年三月一八日に本件漁場において採取した青さのりには、葉縁が数片に裂開して、それぞれの裂片が細長くのびる異形体がみられた。

(4) 控訴人は、昭和五六年度、同五八年度及び同五九年度の各漁期に青さのりの養殖試験を行ったが、僧都川寄りの調査地点及び湾中央部沖寄りの調査地点を除きほとんど収穫がなく、それらの調査地点においても年度により収穫量にかなりの変動があった。

(5) 昭和五六年度の漁期に、本件漁場で種付けをした網を下田漁場(高知県中村市)及び岩松漁場(愛媛県津島町)に、下田漁場及び岩松漁場で種付けをした網を本件漁場に、それぞれ本張りする実験が行われた。本件漁場で種付けをした網を下田漁場及び岩松漁場において本張りすると、それらの漁場で種付けをした網と同じように青さのりが収穫できるまでに成長し、下田漁場及び岩松漁場で種付けをした網を本件漁場に本張りすると、青さのりが収穫できるまでに成長しなかった。昭和五八年度及び同五九年度の漁期にも、同様に本件漁場で種付けをした網を下田漁場に本張りして相当の収穫を得たが、本件漁場においては、その大部分が収穫を得るには至らなかった。

2  し尿処理排水の一般的な有害性

(一)  成分

前掲甲第七号証、成立に争いのない乙第四八号証の二、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四一号証、第四九、第八四号証の各一ないし三、原審証人大野正夫及び同畑幸彦の各証言並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(1) し尿には、アンモニア態窒素やリン酸などの栄養塩が含まれている。し尿に含まれる窒素やリンは、本件し尿処理場が採用している第三次処理法を持たない酸化処理方式のし尿処理施設では除去できない。また、し尿処理排水には、硫化物の発生源となる有機物や、浮遊物質(SS)も含まれている。

(2) 昭和五〇年一月から同五三年七月までの間において、本件し尿処理排水のCOD、SS等を毎月一回測定した結果は、原判決五一枚目の放流水試験結果表記載のとおりであり、CODの最高値が69.0PPM、最低値が8.1PPMであり、SSの最高値が53.0PPM、最低値が1.0PPM以下であった。

(二)  有害性

アンモニア等の窒素化合物が過剰な場合、青さのりの生育に有害となることは、当事者間に争いがない。

し尿処理排水の含有物についての一般的な有害性を検討するに、成立に争いのない甲第三〇号証、第六二号証、原審証人三浦昭雄及び同畑幸彦の各証言並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(1) 窒素、リン等の栄養塩が水中に過剰になると、青さのりは成長が促進され、色が濃くなる反面、葉体が柔らかく、ちぎれやすくなる。また、らん藻類もしくは珪藻類が多発し、青さのりの葉体に着生して青さのりが腐るという、いわゆるドタ腐れあるいは生理障害(生き腐れ)を生じることもある。

(2) 水中の有機物量が一定限度を超える場合にも、らん藻類もしくは珪藻類が青さのりに着生し、病原細菌が多発するなどして、青さのりの成長に障害が生じる(CODは有機物量の測定尺度である。一般に一〇PPM以下の場合は無害とされている。)。

(3) 水中の溶存酸素(DO)が一定限度を下回ると青さのりの成長に障害が生じる。

(4) 水中の浮遊物質(SS)が一定限度を超えると、青さのりの葉体に付着し、青さのりの成長に障害が生じる。

(5) し尿処理排水がのりの光合成に及ぼす影響について、昭和三九年当時、既に、第二次処理方法として活性汚泥処理を行った放流水は急性毒としての影響を急激に低下させ、その処理後約三倍に希釈した放流水は、のりの光合成に急性的にも慢性的にも全く無害であるとの調査結果がある。

3  本件し尿処理場によるし尿処理排水の放流

本件し尿処理場によるし尿処理排水の放流状況については、前記二2において認定したとおりである。

4  本件漁場付近におけるし尿排水の流路

(一)  成立に争いのない甲第六四号証、乙第一号証の二、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四〇号証、第六八号証、原審証人大野正夫及び同畑幸彦の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果、原審における鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(1) 蓮乗寺水門は、蓮乗寺川の河口先端の左岸(別紙「蓮乗寺川河口付近見取図」記載のA点付近)にあり、潮が引くと潮溜りの水圧で開き、潮が満ちてくるとその圧力で閉じる。

(2) 本件漁場付近は、干潮時、かなりの部分が干潟となるが、潮がある程度引くと、蓮乗寺水門から流れる本件し尿処理排水と蓮乗寺川の河川水とは同水門前河川敷内に形成された干潟で仕切られ、蓮乗寺水門前では混ざらず、本件し尿処理排水は主として蓮乗寺川河口北側のみお筋を西進し、河川水は蓮乗寺川河口の右岸に沿って形成された同河口南側のみお筋を経由する。一方、僧都川の河川水はその河口前面に形成された砂洲によって主流を成す砂洲南側を中央部に向け流出する河川水と砂洲北側を左岸に沿って流出する河川水に二分され、本件し尿処理水及び蓮乗寺川の河川水は、本件漁場の中央部付近に向けて勢いよく流れてくる僧都川の南側河川水と合流のうえ、大島の南側海域を貫流して湾口部へ向かう。

(3) 干潮時に湾口部に向かって移動した本件漁場付近の水の一部は、満潮時に潮汐による海水の往復運動により湾奥部に戻ってくる。

(4) 一般に、海水と淡水とでは、淡水の方が比重が小さいので、僧都川の河川水は、満潮時には、浮上して湾内の表層をそれほど拡散しないで移動し、大島北部に向かって流れる。

(5) 蓮乗寺川河口付近及び本件漁場の南側付近では、満潮時、表層部でも比較的塩分濃度が高く、淡水(河川水及び本件し尿処理水)と海水が僧都川河口及び本件漁場の北側付近よりもよく混合されている。

(6) 本件漁場には、比較的大きな前記二河川の河川水が流入しているうえ、本件漁場付近は地盤が起伏に富んでいるため、潮汐による海水の往復運動も加わって、水の動きが複雑である。

(7) 控訴人は、みお筋から離れた、干潮時には干潟となる部分において、地盤から約三〇センチメートルの高さに養殖網を本張りしていた。

(二)  以上の事実によると、干潮時に蓮乗寺水門から放流される本件し尿処理排水は、みお筋を西側の沖に向かって流れ、湾中央部に向かう僧都川の河川水の流れが強いため、僧都川からの河川水の流れを横切って、湾内の僧都川水系内に直接流れ込むことはないと考えられる。

また、控訴人が養殖網を張ったところはみお筋ではなく、干潮時には干潟になる部分であるから、干潮時に蓮乗寺水門から放流される本件し尿処理排水が直接右養殖網着生の青さのりに接することはないと考えられる。もっとも、控訴人は、蓮乗寺水門付近に溜まっていた本件し尿処理排水が引き潮に乗って沖方向に流れる際に右青さのりに直接接することがある旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

満潮時においては、潮汐による海水の往復運動によって、一旦湾口部に流れた本件し尿処理排水が湾奥部に戻ってくる可能性は否定できず、湾内に蓄積されることも否定できない(原審証人新崎盛敏の証人調書九枚目参照)が、その際の流路、海水との希釈度等については確証がなく、不明であるといわざるを得ない。

5  本件漁場付近の水質及び底質

(一)  水質

前掲甲第七号証、乙第一号証の二、第六八号証、成立に争いのない甲第八号証、第九号証、第六四号証、乙第一〇号証、第一八ないし第二一号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第三三号証の一ないし五、原審証人大野正夫及び同畑幸彦の各証言並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(1) アンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、硝酸態窒素、リン酸塩(無機リン)、DO、COD、SSにつき、一般に、のりの養殖に影響を及ぼす、あるいは、望ましいとされる数値は、次のとおりである。ただし、ヒトエグサの関係では未だ研究が十分なされておらず、正確な数値は得られていない。なお、アンモニア態窒素、亜硝酸態窒素及び硝酸態窒素については、これらを合わせて酸態窒素として計測するのが一般的である。また、のりの漁場は、品質的には、やや汚染のある場合の方がよいというのが一般的傾向ともいわれる。

① 酸態窒素 七五〇ないし八〇〇マイクログラム・パー・リッター程度が望ましいとされている。

② リン 一二ないし四六マイクログラム・パー・リッター程度が望ましいとされている。

③ DO 六PPM以上必要であるとされている。

④ COD 三PPMを超えると障害が起こるとされている。ただし、二PPMを超えると生育の初期に障害が起こりやすいとの調査結果もある。

⑤ SS 三PPM以下が望ましく、一〇PPMを超えると障害が起こるとされている。

(2) 本件漁場付近の水質についての調査結果は以下のとおりであった。

① 昭和四〇年一一月一三日から一五日におけるCODの数値は、原判決添付別表二記載のとおりである。

② 昭和五〇年二月二四日に、おおむね原判決添付図1記載の地点で測定されたアンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、リン、DO、COD及びSSの数値は、原判決添付別表一記載のとおりである。

③ 同年三月一八日に、おおむね原判決添付図1記載の地点で測定されたアンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、リン、DO、COD及びSSの数値は、原判決添付別表一記載のとおりである。

④ 同年四月一六日(干潮時)及び同年五月二三日(満潮時)に、本判決添付図1記載の地点で測定されたDO、COD及びSSの数値は、本判決添付別表1及び2記載のとおりである。

⑤ 昭和五一年六月一日及び同年一〇月二三日に、おおむね原判決添付図1記載の地点で測定されたアンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、リン、DO、COD及びSSの数値は、原判決添付別表一記載のとおりである。

⑥ 昭和五三年八月四日に、本判決添付図2記載の地点で測定されたDO、COD及びSSの数値は、本判決添付別表3の1ないし4記載のとおりである。

(3) 右測定の結果からすると、控訴人が、昭和四二年度ないし同五〇年度の各漁期に、養殖網を設置した場所(本判決添付別紙図面一ないし四参照)における右測定値は、アンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、リン及びDOについては、概ね生長につき望ましい値又は必要値を維持している。また、COD及びSSについても、蓮乗寺水門付近等の一部の地点を除いて、のり養殖に有害とされる数値(三PPM)には達しておらず、二PPMにも達していない。なお、CODについては、昭和四〇年一一月の数値と同五〇年二月及び同五三年八月の数値の間に顕著な変化はみられない。

(二)  底質

(1) ここでは、底質のもつ有害性を中心に検討するに、前掲甲第四四号証、第四六号証、成立に争いのない乙第九六及び第九九号証、原審証人三浦昭雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第二九号証、第三一号証の一ないし三、原審証人大野正夫、同三浦昭雄及び同畑幸彦の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果、原審における鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

① 底質の汚れの程度の基準として使われる強熱減量(I・L)、全有機炭素(TOC)及び硫化物について汚染の目安として考えられている基準数値は、強熱減量が一〇パーセント、全有機炭素が三〇ミリグラム・パー・グラム、全硫化物が0.2ミリグラム・パー・グラムである。

② 昭和五五年一〇月から昭和五六年三月までの間、本件漁場付近の地点において毎月一回採土した試料に基づき、昭和五六年五月に訴外今井嘉彦(高知大学理学部教授)により本件漁場付近の底質の調査がなされたが、右調査によれば、強熱減量の測定値は、蓮乗寺水門前を含め、すべて4.3パーセント以下であり、全有機炭素の測定値は、蓮乗寺水門前を含め、すべて三〇ミリグラム・パー・グラムを下回っていた。

③ 昭和五八年三月本件漁場付近の地点において採土した試料に基づき、同五月に訴外丸山俊朗(東京水産大学助教授)により本件漁場付近の底質の調査がなされたが、右調査における、強熱減量、全有機炭素及び全流化物についての測定値及びその分布は原判決添付分布図三枚表示のとおりであり、二三箇所の計測点のうち、強熱減量の測定値が一〇パーセントを超えたのは、蓮乗寺水門前(10.2パーセント)と湾外潮溜り内の蓮乗寺水門寄り(11.5パーセント)の二点だけであった。また全有機炭素の測定値が三〇ミリグラム・パー・グラムを超えたのは、右潮溜り内の二点(46.2ミリグラム・パー・グラム及び33.5ミリグラム・パー・グラム)、蓮乗寺川河口付近湾内(31.7ミリグラム・パー・グラム)及び本件漁場の中央付近の一点(40.3ミリグラム・パー・グラム)の四点だけであった。さらに、全硫化物の測定値が0.2ミリグラム・パー・グラム超えたのは、蓮乗寺水門前(遊離硫化物0.118、結合硫化物0.592、合計0.710ミリグラム・パー・グラム)の一点だけであった。

④ 以上の各測定結果によれば、控訴人が昭和四二年度ないし同五〇年度の各漁期に養殖網を設置した場所における強熱減量、全有機炭素及び全硫化物についての測定値は、昭和五六年、同五八年においても、全有機炭素についての本件漁場の中央付近の一点(養殖網を設置した場所かどうか必ずしも明らかでない。)を除き、すべて、汚染の目安とされる数値に達していなかった。

⑤ なお、一般に、蓮乗寺川寄りが僧都川寄りより測定値が高く、蓮乗寺水門前で腐敗臭を、蓮乗寺川河口南側付近で糞尿臭を発する場所があり、蓮乗寺水門前及び干潮時に蓮乗寺水門からの水が経由するみお筋に黒い沈殿物があった。

⑥ また、水産庁の委託を受けた海洋科学技術センターが、昭和五五年七月に行った漁場改良復旧基礎調査によれば、御荘湾の湾奥部の全硫化物の測定値は0.09ミリグラム・パー・グラムであった。

(2) 以上の事実によると、本件漁場付近の底質は、蓮乗寺水門を中心として若干悪化しているが、全体として見れば、水産上許容されない程の汚染状態にあるとは認められない。

6  控訴人の養殖技術

(一)  網の洗浄

原本の存在及び成立に争いのない甲第一一号証、成立に争いのない乙第二二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一二、第一三号証、事務組合事務局長作成部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきであり、その余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二八号証、原審証人三浦昭雄、同畑幸彦の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

(1) 網の洗浄を要しないという見解もあるが、一般的に養殖技術上、浮泥の堆積による網の汚れが顕著な場合等には、網の洗浄がなされている。これは、青さのり等は、その根・茎・葉体の分岐が未分化で、光合成その他養分の吸収が葉体で行われるため、葉体への浮泥の付着、病原体の着生から防除し、その生長を促進すること等に関係している。

(2) 岩松漁場などでは、種付け中にも二、三回網の洗浄を行っている。これは、青さのりではいわゆる二次芽の出芽はなく、秋季に発芽した多数の幼芽による早い生長が維持されること、特に幼芽を浮泥等による呼吸困難・光合成阻害から保護すること等に関係している。

(3) しかし、本件漁場で種付け時に洗浄しなかった種網を岩松漁場及び下田漁場で本張りすることにより、充分な収穫が得られたことがあった。

(4) 控訴人は種付けから本張りの期間を通じて網を洗浄せず、収穫が終了して網を撤去した際に洗浄するのみである。

(二)  網の高さ

前記乙第一二、第一三号証、成立に争いのない乙第一七号証、原審証人大野正夫、同三浦昭雄及び同畑幸彦の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果並びに原審における鑑定の結果によれば次の事実が認められる。

(1) 網を張る高さについては、あまり高く張ると摘み取り等の作業が困難になること、反面、いわゆる干出しによる珪藻類など着生の防除を計ることなどから、地盤から約六〇センチメートルないし七〇センチメートル程度が適当と考えられているが、底質が泥状であるなどの理由で網に汚れが付着しやすい場合には高く張る必要がある。また、冬期は若干網の高さを上げ、その後春期にかけては日射が強くなることなどから網の高さを下げるというように、季節によって網の高さを変えるべきであるとの見解もある。

(2) 控訴人が網を張った高さは、地盤が平坦でないため一様ではないが、地盤から約三〇センチメートルであって、右の基準と比較すると低めである。また、控訴人は一旦張った網の高さを調節せず、張り放しにしていた。

(3) 控訴人は、収穫の減少に気付いた昭和四四年ころから、網の高さを上げたり下げたりしたが、収穫は変わらなかった。その際、網を生育範囲より高く上げると、青さのりは死滅してなくなり、生育範囲より低く下げても、青さのりはなくなり、他の海草等が網に着生したことがあった。また、昭和五五年秋から、訴外三浦昭雄の指導により養殖実験を行った際にも、網の高さをさまざまに変えてみたが、結果は変わらなかった。

(三)  杭の放置

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二八号証、原審証人畑幸彦の証言、原審における控訴人本人尋問の結果及び原審における鑑定の結果によれば、多くの漁場では、杭にフジツボなどが着生し、そこに浮泥がさらに付着し、それが青のりに着くのを防ぎ、また、これら付着した有機物の堆積を防止するため、漁期が終了すると杭を抜いて洗浄し、次の漁期が始まるまで保管しているが、控訴人は、杭を漁場に刺したままにしている。

7  昭和二〇年代半ばから同三〇年代にかけてののり養殖の実績

成立に争いのない甲第二三号証、原審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第三四号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第三〇号証、第五三号証、原審における控訴人本人尋問の結果により、いずれも昭和二九年ころの本件漁場の写真であると認められる甲第三八号証の一ないし五及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、昭和二六年秋から同三六年まで本件漁場付近でのりの養殖が行われていたこと、その間、相当量ののりの収穫があったこと、それにもかかわらず、昭和三六年にのり養殖が行われなくなり、以後、控訴人が本件ののり養殖を開始するまで、のり養殖(種付けは除く。)を行うものはいなかったことが認められる。

8  本件漁場の自然条件ののり養殖適合性

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三七号証の一四、乙第九号証、第二九号証、原審証人三浦昭雄の証言、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、御荘湾は、冬は季節風の影響による風波が強く、昭和五五年一二月には同湾内で最大風速約二五メートルの風が吹き、同五六年一月初めには強風により青さのりがほとんど網糸からちぎれ落ちていたことが認められる。

また、成立に争いのない乙第一八号証、原審証人大野正夫、同畑幸彦の各証言並びに弁論の全趣旨によると、一般的に浮遊物質の多い漁場はのりの養殖に適さないし、また、のりの生育上好ましい底質は砂又は砂泥地であり、粘土質は余り好ましくないこと、御荘湾内は粘土質が大部分を占めているうえ、地盤が非常に起伏に富むため、海水の流動が複雑で、浮泥等が巻き上がる可能性が強いことが認められる。

もっとも、以上のほかに、御荘湾内の自然条件でのりの養殖に適当でないとする要因は、見出し得ない(認めるに足りる証拠はない。)。

9  その他の原因(人為的要因)

(一)  僧都川の河川改修工事による浮泥

成立に争いのない乙第七〇号証の一及び二によれば、昭和二八年度から僧都川の河川改修工事(流路延長17.4キロメートル、工事による河道改修延長4.2キロメートル)が開始され、同三六年度及び同三七年度は実質的工事がなされなかったが、同三八年度から工事が再開され、以来同五〇年度ころまでの間続けられたことが認められ、すると、経験則上、本件漁場付近には工事期間中右工事により相当の量の浮泥その他の浮遊物質が生じたものと推認される。

(二)  でんぷん工場

前掲乙第一号証の二、成立に争いのない乙第一号証の一、第七一号証、事務組合事務局長作成部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきであり、その余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七二号証によれば、蓮乗寺川河口近くに、芋からでんぷんを抽出するための工場があり、昭和三〇年ころから同四二年ころまで一日二四時間のフル操業をしていたこと、同工場の排水(一日平均三五〇〇トン)は、そのBODが六〇〇PPM前後であり、特異な悪臭を放ち、相当の量の浮遊物質、有機物等を含み、湾奥部に沈殿して底質の悪化を招き、DOの減少と硫化物の発生を促進していたこと、右排水は灌漑用水路を経由して蓮乗寺川に放流されていたこと、右排水の流路となる灌漑用水路の底泥は硫化物で黒色を呈し、硫化水素臭を発していたこと、及びそのため御荘漁協の組合員から青さのりの種付ができないとたびたび抗議されていたことが認められる。

(三)  株式会社御荘生コンの作業場

商業登記簿謄本部分は成立に争いがなく、御荘町役場総務課長作成部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきであり、その余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七三号証及び弁論の全趣旨によれば、蓮乗寺川河口付近左岸に株式会社御荘生コンの工場があり、同工場は昭和四九年四月から本格的に操業を始めたこと、同工場は生コンクリート運搬用のトラックミキサーを洗浄する施設を有すること、洗浄に使用した後の排水は降雨時に蓮乗寺川に放流されることが認められる。

もっとも、右排水について有害な成分の存否などは不明である(確証がない。)。

(四)  水産加工場等

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七四、第七五号証及びその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第七六号証によれば、昭和四六年ころ、御荘町平城四四六七番他二筆の土地において、養鰻場が開設されたこと、同五〇年ころ、御荘町平城四一六五番他二筆の土地において、水産加工場が開設されたこと、右水産加工場の排水量が一日当たり約四〇ないし五〇立方メートルであることが認められる。

しかし、右排水の成分などは不明である(確証がない。)。

(五)  生活排水

日本全国において、昭和三〇年代半ばまでと同四〇年代初頭以降とを比較した場合、その間の生活水準が飛躍的に向上したことは、公知の事実であり、これに成立に争いのない乙第八九号証並びに弁論の全趣旨によると、それに従い、生活排水の方もある程度増加し、かつその水質にも相当の変化があり、富栄養化の傾向を呈したことは推認するに難くはない。

そして、成立に争いのない乙第四〇号証によると、昭和六一年四月の調査によれば、蓮乗寺川水系の方が僧都川水系の方よりも流域の人口が多いことが認められ、この傾向は過去においても大きな変化がないものと推定すべきであるから、過去における生活排水による河川の汚染度は蓮乗寺川水系の方が僧都川水系の方よりも悪化の傾向にあったものと認めるべきところ、これに、前記認定のとおり、蓮乗寺川河口にでんぷん工場を初め、水産加工場や生コン工場が集中していることをも併せ考えると、過去における河川の汚染度は、し尿処理排水を除外しても、蓮乗寺川水系の方が進んでいたものと認めるのが、経験則に照らし相当と解せられる。

もっとも、原審証人三浦昭雄の証言によると、両河川がもたらす生活排水がのりの養殖に与える影響について、これまで科学的調査が実施されたことはなかったことが認められる。

10 判断

(一) 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らし全証拠により関連事項全体について総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認しうる程度の高度の蓋然性を証明することであり、その立証の程度は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつそれで足りるものと解される。

そこで、かかる因果関係の立証について要求される証明の程度を念頭に置き、これを前提として、以下、本件し尿処理場によるし尿処理排水の放流と控訴人ののり養殖に生じた本件不作との間の因果関係の有無について判断する。

(二) ところで、成立について争いのない乙第二三号証、原審証人畑幸彦、同大野正夫、同新崎盛敏の各証言並びに弁論の全趣旨によると、控訴人の実施した養殖青さのりの生育に関する要因として、原判決添付別図「ヒトエグサの生育を支配する要因」記載の自然的要因、人為的要因及び養殖技術が考えられ、自然的要因は養殖上の物理的因子及び化学的因子として、人為的要因はその物理的環境及び生物的環境の設定並びに化学的因子として、さらに自然的要因と人為的要因とは相互に関連しながら影響を及ぼし合うものであり、一方、し尿処理排水は、人為的要因の一つとして養殖のりの生育に影響を及ぼすものであることが認められるところ、前記判示のとおり、本件し尿処理排水は昭和四一年二月ころ以降放流されており、また一般にし尿処理排水はそれが過度のものであれば青さのり養殖に悪い影響を与える因子となるものということができるところ、その放流以後、控訴人主張のような本件不作が生じているのである。もっとも、本件不作の発生に影響を及ぼした要因としては、他に前記6ないし9で認定判断したような自然的、人為的要因及び養殖技術も考えられる訳である。なお、原審証人新崎盛敏の証言等によれば、し尿処理排水が青さのり養殖に及ぼす有害性について、科学的に厳密な解明は未だなされていないことが、明らかである。

そうすると、本件不作発生の要因は多方面、多要素に及び、その原因がいずれに存するのか一義的に確定できず、明確になり得ない場合に相当する反面、その要因は前記のようなものに限定されているのであるから、本件においても、前記原則に従い、前記認定を基にして次の点を考慮し、本件不作と本件し尿処理排水との因果関係の有無を検討するのが相当であると解される。

(1)  本件不作の特徴及び本件不作発生と本件し尿処理排水放流との一般的な関連性を検討する。

(2)  本件漁場において本件不作発生と右放流との経時的な重なり具合、特に時間的一致性、特異現象性等を調査する。

(3)  本件漁場における本件不作発生の個所と右放流との個別的な特異関連性、特にその場所的一致性等を調査する。

右の検討の結果、これら全てを肯定することができれば、本件不作発生と右放流との因果関係を肯定すべきものと考えられ、他に関連する因子があっても、ただそれだけのことで本件不作発生と右放流との因果関係を否定すべきではなく、これを否定するには、本件不作発生が専ら他の因子(一個又は複合の因子)によることが証明される必要があると解するのが相当である。

(三) まず、本件不作の特徴及び本件し尿処理排水との一般的関連性については、前記認定のとおり、①本件し尿処理排水を含め、一般に、し尿処理排水には、窒素、リン等の栄養塩、有機物及び汚泥その他の浮遊物質が含まれており、海中に含まれるこれらの量が一定限度を超えると、海水の富栄養化が促進され、らん藻類等が着生し、また、汚泥等(SS)が葉体に付着し、ひいては酸素欠乏をもたらす等、青さのりの生育に著しい障害が生じること、②本件漁場の青さのりに生じた葉体が軟弱でちぎれやすくなるという現象は、海水の富栄養化によって説明が可能であること、③青さのりの養殖は漁場の水質及び底質の状況にも左右されるところ、本件し尿処理排水が放流される蓮乗寺水門付近の水質及び底質が本件漁場のある御荘湾内の他の場所と比較して悪化していること、④本件漁場で種付けをした網を下田漁場や岩松漁場で本張りすると、青さのりが収穫できるほどに成長するが、下田漁場や岩松漁場で種付けした網を本件漁場に本張りしても青さのりが収穫できるほどには成長しないこと、⑤なお、干潮時に湾口部に移動した河川水等は満潮時の潮汐の往復運動により湾奥部に還流し、従って、放流された本件し尿処理排水も干潮時の潮汐により全て御荘湾の湾外に移動せず、本件漁場等に滞留すること等の事実が認められ、これらの事実によれば、本件し尿処理排水の放流が本件不作をもたらす重要な要因即ち特徴であり、相互に緊密な関連性を有するものといい得よう。

次に、本件不作と本件し尿処理排水放流との経時的な重なり具合ないし時間的一致性等を検討するに、前記認定のとおり、①控訴人は、本件漁場において、昭和四一年度から昭和五〇年度まで、及び昭和五三、五四年度に青さのりの養殖を実施したこと、②昭和二六年から昭和三六年までの間、本件漁場付近で青さのりが養殖され、相当の収穫量を得ており、また、青さのりの養殖網一枚当たりの全国平均年間収穫量は八キログラムであったところ、本件漁場では、養殖網一枚につき、昭和四二年度では約7.3キログラム、昭和四三年度では約六キログラムの収穫があったが、昭和四四年度は約1.9キログラムと激減し、以後同様の状態ないし収穫量零の年度もあったこと、③事務組合は、昭和四一年二月から本件し尿処理場の試験操業を開始し、本件し尿処理排水を僧都川河口から放流し、同年一二月、本件操業の実施以後は、本件し尿処理排水は地下浸透方式を採用し、排水タンクに放流していたが、昭和四五年八月以後は、礫間接触酸化方式を採用し、蓮乗寺水門から御荘湾へ放流され、現在に至っていることが認められる。そうすると、本件不作と本件し尿処理排水の放流とは時期的に重なり合っているものといい得よう。

更に、本件不作発生の個所と右放流との個別的な特異関連性ないし場所的一致性について検討するに、前記認定のとおり、①控訴人が昭和四二年度から昭和五〇年度までの間に養殖網の本張りをした個所(本件漁場)は、本判決添付別紙図面一ないし四のとおり御荘湾の湾奥部即ち僧都川及び蓮乗寺川の河口付近であり、その間の収穫量は前記指摘のとおりであること、②右本張りをした本件漁場での養殖の状況であるが、昭和四三年度の漁期では成長した青さのりの葉体が軟弱でちぎれやすく、その状態は湾口部よりも湾奥部の方が多く、昭和五〇年度の漁期では、浮泥や珪藻類等が養殖網に付着して葉体が萎縮し成長せず、更に、昭和五三年度から昭和五五年度までの漁期では、蓮乗寺川河口付近でほとんどの青さのりが網糸に付着せず流れ落ちたり、細胞が変形・変色し、根部や網糸着生部にらん藻が付着したりし、なお、昭和五六年度、同五八年度及び同五九年度の漁期(調査試験養殖)では僧都川寄り及び湾中央部沖寄りを除き収穫がなかったこと、③本件漁場で種付けをした網を下田漁場や岩松漁場で本張りすると、青さのりが収穫できるほど成長すること、が認められる。そうすると、本件不作の生じた本件漁場の個別的な位置関係からすると、他に特別の事情がない限り、右放流が本件不作発生をもたらしたと見られる場所的な一致ないし緊密な関連があるといい得よう。

右に検討したとおりである。

そうすると、本件については前記(1)ないし(3)の要件を全て概括的に一応充足しているから、他に特段の事情がない限り、本件不作発生の原因は前記放流にあるとされ、本件不作と本件し尿処理排水の放流との間には相当の事実的因果関係があるというべきである。

(四) しかし、この結論については、全く疑問の余地がない訳ではない。即ち、この点に関しては、以下のような検討すべき事項が存在し、事実的因果関係を否定する事情が認められるのである。

まず、本件不作の特徴及びこれと右放流との一般的な関連性については、(1)第一に、本件し尿処理排水の有害性とその程度の観点から厳密に吟味する必要がある。し尿処理排水の成分一般についての定性分析的見地から考えると、本件し尿処理排水の水質及び本件漁場の底質については、前記認定のとおり、昭和四二年度から昭和五〇年度まで本件漁場(本判決添付別紙図面一ないし四記載の個所)では、先ず水質は、①のりの養殖に直接影響のあるアンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、リンは、ほぼ成長について望ましい値を維持し、②DOについては、のりの成長について必要な値を維持しており、③COD及びSSについても、蓮乗寺水門付近等の一部を除き有害な数値には達しておらず、また、底質の化学的有害性についても、本件漁場付近の底質は蓮乗寺水門を中心として若干悪化しているが、全体として見れば水産上許容されない程の汚染状態にあるとはいえない。(2)更に、し尿処理排水自体についても、前記認定のとおり、活性汚泥処理を行ったうえ約三倍に希釈したし尿処理排水はのりの光合成に急性的にも慢性的にも全く無害であるところ、本件し尿処理排水については活性汚泥処理後二〇倍に希釈されたものであるから、少なくとも、光合成については全く無害というべきである。したがって、本来、本件し尿処理排水が控訴人主張のような青さのりの生育上の化学的有害性はなく、本件し尿処理排水の放流が本件不作発生の要因とするには躊躇せざるを得ないものがある。

次に、時間的一致性であるが、前記認定のとおり、昭和四二、四三年度における収穫量が全国平均量と余り大差がないのに、昭和四四年度から収穫が激減したことは、昭和四一年二月以後、本件し尿処理排水が恒常的に放流されていることから考えると、その間の急減の時期とずれがあり、右放流と本件不作発生との関連性はない(少なくとも薄い。)といわざるを得ないのみならず、昭和四一年一二月の本格操業開始以後昭和四五年八月までの間、違反放流期間を含め、地下浸透方式を採用し、本件し尿処理排水を直接河川又は湾内に放流しておらず、したがって、その間はし尿処理排水の影響は全くないか、ないしは著しく少ないものと推断でき得るのに、本件不作が継続的に発生したことも、両者の関連性を肯定することと矛盾し、いずれにしても、そこには、右放流は本件不作発生に著しい影響を与えておらず、したがって、両者間の時間的一致性を欠くものと考えられる。もっとも、本件し尿処理排水が本件漁場を含む御荘湾一帯に滞留し、それが経時的にのりの養殖に影響を及ぼしたとも考えられ、確かに、前記認定のとおり、本件し尿処理排水の滞留は肯定せざるを得ないが、その量的な程度は不明であるし、本件漁場のある湾奥部へ殊更滞留したものとも考え難いから、いずれにしろ、前記本件漁場の水質及び底質の化学的分析結果をも考慮すると、のり養殖に影響を及ぼすような滞留はなかったものと考えるのが相当である。

また、その場所的な一致性についても、(1)前記認定のとおり、本件漁場は僧都川と蓮乗寺川の両河口付近に存在するところ、干潮時に蓮乗寺水門から放流される本件し尿処理排水はみお筋を右岸(東ないし南辺)に沿って西側の沖へ流れ、湾内の僧都川水系内に直接流れ込むことはないのに、本件し尿処理排水が蓮乗寺水門から放流される以後になっても、本件漁場全体についてほぼ均等に本件不作が及んでいることは、本件し尿処理排水が本件不作の原因とすることと矛盾するし、なおまた、(2)控訴人はのりの養殖網を本件し尿処理排水等の本流が通過するみお筋ではなく、干潮時に干潟になる個所に本張りしていて、干潮時に蓮乗寺水門から放流される本件し尿処理排水は養殖網に触れず、養殖上直接の影響を及ぼさないから、この点においても、その場所的一致性はにわかに肯定し難いものがある(なお、し尿処理排水の滞留が殊更本件不作に消長を来さないものであることについては、前段所述のとおりである。)。

以上検討したとおり、本件し尿処理排水の原因性については否定すべき因子がみられ、本件不作発生との関連性、時間的一致性及び場所的一致性は、いずれもにわかに肯定し難いものがあるといわなければならない。

それでは、進んで本件不作を発生させた他の要因の存否について考えると、先ず、(1) 人為的な要因について、前記認定のとおり、①僧都川の河川改修工事は昭和三八年度から昭和五〇年度までの間に施工され、その間、汚泥その他の浮遊物質が発生し、河川水により湾内に排出され、また、②昭和四〇年代初頭以降に見られる生活水準の向上に伴い、僧都川及び蓮乗寺川水系から流出する生活排水は次第に増加し、多くの化学的物質を排出して富栄養化の傾向を示し、これら生活排水は、本件漁場に流入することにより、のり養殖に悪影響を及ぼすものであることは、前判示のところ及び経験則にてらして、充分首肯できるうえ、これらの排水は、本件不作発生とは時期的に重なり合っているものである(もっとも、前記のとおり、生活排水がのりの養殖に与える影響について未だ厳密な科学的調査は行われていないが、しかし、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第九七号証によると、前記生活排水の中には全窒素、全リン等の栄養物質が相当多量に含有することが認められ、このことも併せ考えるとき、右生活排水がのりの養殖について有害性を有する物質であることを肯定することが経験則に合致するところである。)。したがって、これら排水は本件不作発生について原因性と時間的緊密性を有するといい得る。(2)自然的要因については、前記判示のとおり、①御荘湾は冬季風波が強く、昭和五六年一月には青さのりが網糸からちぎれ落ちたことがあり、②御荘湾の底質は粘土質で本来のりの養殖には適さないものであるうえ、地盤が非常に起伏に富み、複雑な海水の流動により浮泥が巻き上がることも、のり養殖には適当ではない(因みに、のりの養殖不作について汚泥原因論のあることは、前記判示から明白である。)。もっとも、これらの要因は、漁業上の単なる自然的所与の条件(天然)に過ぎないともいえなくはないが、人工的な養殖という「技術」を利用する場合には、それは一つの施業者による選択条件(特徴的要件)となると解するのが相当である。更に、(3)養殖技術については、前記認定のとおり、①青さのりには二次芽がなく、かつ、葉体のみから光合成その他の栄養分の吸収をすることから、浮泥の付着や病原体等の着生から防除するため、特に幼芽時にその洗浄が肝要であるとされるところ、控訴人は養殖期間中全くその洗浄をせず、②網の高さは、珪藻類等の着生や汚泥等の付着の防除から、地盤から六〇センチメートルないし七〇センチメートルくらいの高さが良く、かつ、季節によりその高さを加減調整することが肝要とされているが、控訴人は、全養殖期間中、汚泥等の付着し易い、地盤から三〇センチメートルの高さに張ったまま一切調節せず、③養殖用の杭は、漁場の悪化に影響のあるフジツボ等の着生、浮泥の付着及び有機物の堆積を防止するため、養殖期の終了後抜去すべきところ、控訴人は本件漁場に杭を刺したままに放置していた。これらの控訴人の養殖網放置等の措置はのり養殖の管理技術上不適当なものであり、一般経験則に照らし、これらが青さのりの減収につながった(少なくともこれを助長した。)ものと認めるべきである。

以上検討したとおりである。

そうだとすると、本件し尿処理排水が必ずしも有害なものではなく、時間的にも場所的にも本件漁場におけるのり養殖に著しい影響がないとすると、本件し尿処理排水の放流が本件不作発生の特徴的な原因としての関連性が薄いと考えられる反面、上記に検討した諸要因を子細に分析・総合してみると、これら諸因子が複合して本件不作の発生を惹起したものというべきのみならず、むしろ、上記摘示の生活排水等の人為的要因が長期にわたり本件不作発生の主たる要因を構成し、これに控訴人の養殖技術の未熟(放置)及び前記認定の自然的要因が更に本件不作による減収を助長したものと認めるのが相当である。

(五) したがって、本件し尿処理排水が本件不作発生の唯一の原因をなしているとはいい難く、主張・立証の限りでは何が本件不作の原因であるかを確定することはできず、むしろ、上記摘示の諸要因、特に本件し尿処理排水以外の人為的要因により発生したものというべきであって、したがって、本件し尿処理排水の放流が本件被害の原因の一つであることが、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性を持ちうるまでに立証されたものということはできない。

もっとも、科学的な調査結果があるわけではないが、本件し尿処理排水は本件不作の発生に幾らかの加担をしているとも受け止められる疑念もなくはなく、実際、そのような見解がないわけではない(原審における鑑定の結果等、参照)。しかし、そうであっても、それは他の原因との複合的な影響に過ぎないうえ、前記判示のところから明らかなように、その影響は微々たるものであり、相当因果関係を肯定するには到底至らない程度のものと認めるのが相当である。

2 同一四九枚目裏末行目から同一五〇枚目表一行目末尾までを次のとおり改める。

五  本件し尿処理場の設置及び管理の瑕疵について

右判示のとおり、本件し尿処理排水の放流と本件被害の間の因果関係を肯認するに足りる証拠はないが、仮に、前示反対の見解の如く、右の因果関係が存在したとしても、以下に述べるとおり、本件し尿処理場の設置及び管理に瑕疵はないものである。

3ないし13 〈省略〉

14 同一六六枚目裏一行目冒頭から同五行目末尾までを次のとおり改める。

七  結論

以上のとおり、本件し尿処理排水の放流と本件不作発生との間の因果関係は、本件全証拠によってもこれを認めることができず、また、本件し尿処理場の設置及び管理の瑕疵並びに事務組合の職員の故意過失についても、これを肯認することはできない。そうすると、これらを前提とする被控訴人愛媛県の責任も認められない。したがって、控訴人の本訴各請求はいずれも理由がない。

二 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官砂山一郎 裁判官一志泰滋 裁判官渡邉左千夫)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例